Column

2006/12/04

インプレッサの進化2

2000年8月、GD型へとフル・モデルチェンジが行われてから、私たちが参戦しているスーパー耐レースでも毎年クルマの進化と共に各サーキットベストタイムが驚く程アップしている。GDB型となってボディサイズも3ナンバーへ変更、先代であるGC8に比べクルマ全体の安定感が高められ、その大きな”安心”を武器に私たちは戦っている。これが通称”丸目”と呼ばれるインプレッサでの進化である。

私たちはこの車で2002年にシリーズチャンピオンを獲得するがライバル勢に比べ、まだ低速トルクが薄くドライバビリティにおいて苦労していた。これまでも何人ものチームメイトがレーシングインプレッサを乗りこなすまでに1年の大半を費やす姿を見ているが、03年以降は市販車においてもランニングチェンジ毎に改良を重ねGC時代には想像できないほどのパフォーマンスに達している。
また、インプレッサをはじめとするSUBARU車は低重心のシンメトリカルAWDを基本コンセプトとするドライバーズカーであり、シンメトリカルAWDはウエット路面でも突出した前後バランスを誇る。ドライ/ウェット双方のコンディションにおいてセッティングを変更せず走れるということはシャシーバランスの優れた車であることの証であり、こうしたクルマは世界中探し回っても何台も存在しないはずなのです。
インプレッサはこうした基本コンセプトを生かし、セットアップがハマると粘り強い強さを発揮。優勝しなくとも常に表彰台に登壇し、着実なレースを身上としてインプレッサは02年、05年とシリーズチャンピオンを獲得できたのです。

2002年、インプレッサは通称”涙目”(C-E型)に移行。ここでは大きくエンジン仕様が変更され、我々が懸念していた低回転域からのトルクがさらに出せるよう等長等爆システムが採用されたのである。これによりエキゾーストシステムをはじめ、車両重量の軽減も促進され、翌03年スーパー耐久シリーズにおいては確実に宿敵ランサー勢よりも速く、8戦中6回のポールポジションを獲得、圧倒的な強さを誇示したのである。

だが、インプレッサは2年連続のシリーズチャンピオンを獲得できなかった。このシーズンはレギュレーション変更で8戦中7戦の有効ポイント制が採用され、総合ポイントではインプレッサチームが上だったが、有効ポイント制とすることで無得点レースのあるランサーは±0ポイント、全戦でポイントを獲得しているインプレッサはマイナスポイントが響き、5ポイント差で負けたのである。インプレッサがサーキットレースにデビューして7年、それまで圧倒的にランサー有利のシリーズであったが、03年を境にインプレッサとランサーの戦いが激化。観客をはじめ、インプレッサファン、ランサーファンには面白いレース展開に発展している。

翌年はランサーMRに先行され散々なシリーズとなり、インプレッサにとっては低迷期に入ってしまう。ランサー勢の台数も増加、我々インプレッサチームは孤軍奮闘を余儀なくされるのである。だが、富士重工も手をこまねいて見ているわけではなかった。ハブの強化やエンジン特性を向上させるためにエキゾースト周りをモディファイするなど、さらに革新を”深化”させていたのである。